- 投稿日: 2010-08-19
- カテゴリ: 日々の記録
RDIの鈴木です。

経済同友会が実施した「企業経営に関するアンケート調査」からこのような結果が出たようです。
大学教育は「論理的思考」「英語」「リーダーシップ」「理科系」の強化を希望
なるほど企業の経営者の方々はそのように思ってらっしゃるのですね。アンケート結果の上位ですから個別にはもっとユニークな意見も出たのでしょうが、平均するとこのような結果になるのはうなずける気がします。
一方で、現場の方々に同じアンケートを取ると異なる結果が出てくるのではと思います。おそらく「主体的に行動できる力」「コミュニケーション能力」「粘り強さ」といった言葉があがってくるのではないでしょうか。「英語」と答える方もいらっしゃるとは思いますが、おそらく現場レベルでは「英語」は上位には来ないのではと邪推します。
現場でのアンケートは僕の仮説でしかありませんが、仮にこのような結果になったとしたら、両者の乖離は「未来と現在」そして「全体と個」の捉え方から来ているのだと思います。
経営者は、未来を見据えます。もちろん現在も大事ですが、将来に渡って勝つための戦略からどのような人材が求められるかを考えています。一方で現場では「今、この場で」活躍してくれるであろう人材に思いを馳せる傾向が強いでしょう。
また、経営者は全体志向、全体最適でトータルで勝つことを考えます。また、自社だけではなく社会に目を向けている方も多いでしょう。それが「英語」「リーダーシップ」などに表れていると思います。一方現場は、自分の職場で活躍してくれる人材という局所に目が向きます。ですので、おそらく「命令されなくても自分から主体的に行動できる」というようなことが頭に浮かぶのでしょう。
これらはどちらが正しいということではなく、どちらも根拠を持った正しい意見です。目を向けている視野や時間軸が異なっているというだけです。
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今回のアンケートは「大学教育に求めること」でしたが、これは「求める人材」に対する意見とほぼ同義と考えることが出来ます。すると、求める人材像を作成するときに大切な事も見えてきます。それは、トップと現場の意見を統合するという視点です。トップがこう言ったからという意見だけで求める人材像を定めると視点があまりに未来や全体を向き過ぎますし、現場の意見だけでは逆に全体観がない結果となるでしょう。
統合において大事なことは、単純に「英語」「リーダーシップ」「主体性」「コミュニケーション能力」というように足し算的にまとめるのではなく、ヘーゲルの正反合のように止揚するという観点です。つまり、それぞれの言葉が本当に意味していることをあぶり出し、コンテキストを失わないように両者をあわせることです。こうすることで、冗長さを省いた骨太な「求める人材像」が作成されます。
もちろん、「うちは現場の意見は聞かなくてもいい」といった企業や「トップは抽象的なことしか言わないから現場を中心に意見を集めて」など個別具体的な事情があるとは思います。しかしいずれにせよ、一箇所だけからの意見では何らかの視点が欠けている可能性があるので、複眼で物事を捉えることが大切だということを今回のアンケートを見て改めて考えさせられました。
最近読んでいる本
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最近の運動
自転車は相変わらず通勤の友。お盆なのでその他に運動する機会なかったので家で筋トレとかしてみた。週末はバスケやります。
- 投稿日: 2010-08-16
- カテゴリ: 日々の記録
RDIの鈴木です。

話題になったのでご存じの方が多いと思いますが、読売新聞が8月6日付の朝刊トップで大卒2割就職せずと大々的に報じ、議論の的となりました。
そのきっかけは脳科学者の茂木健一郎さんのTwitterでの連続ツイートです。内田樹(たつる)さんがブログ記事「日本の人事システムについて」でその全文を引用していますので詳細はそちらをご覧頂きたいのですが、概要は以下の通りです。
- 大学3年の夏から始まる日本の新卒採用の慣習は明らかに異常
- 新卒一括採用は経営的に合理性を欠く、なぜなら組織を強くしようと思ったら多様な人材を集めることが合理的だから
- なぜ「履歴書に穴がある」というくだらないことを問題にするのか
- 過去に都銀を1ヶ月で辞めて4年間ふらふらした後にマッキンゼーでインターンしたら即採用となった人物がいる
- 新卒一括採用にこだわると彼のような人材を見逃していることになる
- 就職も進学もしなかった2割の大卒の諸君、君たちこそが日本の希望である
- 新卒一括採用に出遅れると優秀な人材が確保できないと考えるのは幻想、本当に優秀な人間はそんな決まりきったレール以外のところにいる
おっしゃりたいことはよく分かります。確かに、就職活動が学業を阻害しているという一面もあるでしょう。また、一般的なレールとは異なるところに優秀な人材がいることも否めません。
しかし、この話には採用を実施するにあたり最も本質的で根幹的な点が欠けています。それは、「ではその優秀な人材をどのようにして見極めるのか」についてです。その見極め、すなわち「この応募者は採用後に活躍してくれる人材になる」という仮説を担保できる理由が見つからなければ、採用には至らないはずです。
経営合理性、とても重要です。ただ、見極めが主観的であればそれこそ経営合理性を欠く行為に他ならないでしょう。大切なことは、履歴書に穴があいていたり4年間ふらふらしていたりしたことをどうこういうことではなく、「なぜその応募者を合格にしたのか」について経営合理性も伴って責任を持って採用担当者が説明することです。そのためには、自社で活躍してくれる人材とはどのような人材であるかの調査・分析が必要ですし、能力とは何か、そして能力を測定するとはどういうことか、という理論と実践の統合が常に必要なはずです。その本質的で根幹的な議論なしに、「就職していない2割が希望だ」「本当に優秀な人材はレールの外にいる」と断じるのは早計だというのが、僕の考えです。
RDIも「問いかけ」が話題になるくらい影響力のある存在になれるよう、日々積み重ねながら情報発信を続けていきたいと思います。
- 投稿日: 2010-08-10
- カテゴリ: 日々の記録
RDIの鈴木です。

「ハッシュタグは××です。みなさんでつぶやいてください!」
「みなさんの気付きを共有しましょう!」
最近では教育系のセミナーでもこのような取り組みが実施されているのをよく見かけますね。特にツイッター(のハッシュタグ)を利用しての意見の共有は実施しない方が時代遅れのような感もあり、大賑わいの様相を呈しています。
誤解がないように先に申し上げておきますと、僕はこのようなソーシャル・ラーニングの取り組みに大賛成です。これまでミクロの意見を吸い上げる仕組みがなかったのを、テクノロジーの力を借りて意見を吸い上げて共有できるようになったことは大きな進歩だと思っています。一人ひとりがメディアとして意見発信をして、その意見が多数の人の目に触れる可能性があるなどということはこれまでありえなかったことで、大きなパラダイムの転換になるであろう過渡期に僕らはいるのだと思います。
そうした前提の上で、育成の分野で過度にソーシャル・ラーニングに期待するのは危うい一面もあるというのが私見です。僕は、育成にはもっと科学が入り込んでくるべきだと思っています。ここでいう科学とは、物理などのような自然科学を指しているわけではありません。統計学的な数値による相関や各学問分野での研究結果などを用いながら、スキームの構築やプログラムの設計に客観的な論拠をもたせることです。
ソーシャルな意見は、どちらかというと完成したスキームやプログラムの出来栄えに対するコメントが多くなりがちです。例えば建築で考えると、建てられた一軒家に対して「かっこいい」「2階にもトレイがあったほうがよかった」という意見が寄せられるのがソーシャルを巻き込むということです。しかし家を建てるためにはそのような意見は参考になることはありますがクリティカルなものではありません。大切なのは、建築の手法やアーキテクチャを知るということです。それらは、おそらくソーシャルな意見からはあまり多くは出てこないでしょう。
育成に関しても同じです。セミナーや勉強会で意見を交換しても、それは経験からもたらされる私見であり、また、むしろ私見を述べ合うことを推奨していることもあります。経験からくる私見であればそれは「事実」なので他者から否定のしようがなく、場が特定の人による意見披露になる恐れがないからです。しかし育成のスキームを構築したりプログラムを設計したりする側の人が知るべきは、その設計思想であり、それは科学からもたらされるものです。私見も大事で疎かにすべきではないですが、科学あってこその参考意見だと思っています。
セミナーで自分の意見を述べることができた、ということもとても大事なことだと思います。ただ、それだけに身を委ねていては、科学からは遠ざかる結果になってしまうかもしれません。
最近読んでいる本
サボリ気味・・。夏こそインプットを増やさねば!
最近の運動
天気がいいので汗だくになりながら自転車通勤したり、南アで知り合った人とフットサルしたり。ランは9月からかな。東京マラソン当たりますように。